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あなたを活かす野島美子のコーチング
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もしもあの時コーチがいたら
  野島美子の場合
大学4年 22歳:アナウンサー入社試験
入社試験  子どものころからの夢であるアナウンサーになるために全国の放送局の試験を受けていた私は、その中の数社の試験をクリアしていました。第一志望である東京のラジオ局では、何度ものアナウンス試験や筆記試験をクリアし最終選考まで残っていました。
  アナウンス学校の先生に「ここの採用は2名だから、あなたなら絶対大丈夫」と太鼓判を押されていたほどでしたが、結局東京の放送局に入ることはできませんでした。そのときには「どうして私が落ちたのだろう」と信じられない気持ちでいっぱいでした。でも、今考えると思い当たることがあります。
  最終面接のときのことです。試験官の「入社したらどんな番組を担当したい?」という問いに、私は当り障りのない答をしました。
  アナウンサーになりたいという気持ちだけが強く、アナウンサーになった後のことなど特には考えていなかったからです。それでも何とか答えたことでホッとしていた当時の私には、相手の反応を見るという余裕はありませんでした。
  もしそのときの試験官の表情を見ていたら、きっと自分が不合格であることを瞬時に悟ったでしょう。
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あのときのわたしをコーチングするなら

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今のあたたのゴールは、実はスタートなのです。
その先のあなたをみてみませんか?

 ・どんなアナウンサーになってどんな
   番組を作ってみたいと思う?
 ・あなたがアナウンサーになったとして、5年後は
   どんなふうになっていると思う?
 ・自分をどう活かしていきたいと思う?

28歳 夫の転勤
転勤  結婚と同時にフリーのアナウンサーとして仕事を始めました。担当の番組を持ってようやく軌道にのってきたころ、突然夫が関西に転勤することが決まったのです。
  その頃の私は「良いお嫁さん」「良い奥さん」になることが大事だと思っていたので、多少なりとも不安や不満はありましたが、仕事を辞めて夫についていくことを決めました。
  なぜなら当時の私にはそれ以外の選択肢などないと思いこんでいたからです。関西に引っ越してからもフリーで司会業などを始め、事務所やクライアントの信用を得られるようになったころ、今度はまた東京に戻ることになりました。その際、2年以内には海外への転勤があるということを聞かされました。結局また東京に戻ることになりました。
  その頃、私の頭の中にはいつも同じような言葉がありました。「夫のせいで仕事を辞めなくてはならなかった」「どうして私がこんな目にあうのだろう」ずっと被害者意識を消せないままの毎日でした。
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あのときのわたしをコーチングするなら

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自分を大事に生きてみませんか?
 ・本当にアナウンサーを辞めたいと思っているの?
 ・夫についていくということ以外に選ぶ道があるのでは?
 ・夫と離れて暮らしたとしても 生活できる方法は?

44歳 帰国
 1999年、2度の海外赴任を経て帰国しました。引越しの片付けが終ったあと、ふと気づくと私にはすることがなくなっていました。
  「あと40年生きるとしたら、 このあと私は何をすればいいのだろう?」「そもそも今の私にできることがあるのだろうか?」答えの出せないこの問いが目の前に立ちふさがっていて、そこから一歩も踏み出せない まま過ぎていく時間をただ眺めているだけのような毎日で、 外に出たくない、人に会いたくないという状態が続きました。
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あのときのわたしをコーチングするなら

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やりたいこを始めるのは何歳からでもOKです
 ・今まで、やりたくてもできなかったことは何?
 ・自分の人生で何を大事にしたい?
 ・あなたの理想の生活ってどんなもの?





もしもあの時コーチがいたら
アナウンサー入社試験
夫の転勤
帰国

こんな成果がありました
タイムマネージメントで、仕事がスムーズに
目指す会社に合格しました
コミュニケーションがよくなった
就職できました
やる気が出ました
自分の人生を生きています

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